大西民子の絵画の歌137首

  インターネット百科事典ウィキペディアの大西民子

1 経歴
  1.1 受賞歴
2 うたと絵画
3 歌集の抄出歌の画家数
4 幻想歌の本質
5 参考文献

経歴(大西民子略年譜に詳細を記す
1924年(大正13年)5月8日、岩手県盛岡市に父菅野佐介、母カネの三姉妹の次女として生まれる。城南尋常小学校、盛岡高等女学校(現岩手県立盛岡第二高等学校)を経て、奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)へ進む。石川啄木に憧れ、在学中に前川佐美雄の短歌指導を受ける。卒業後、県立釜石高等女学校(現岩手県立釜石南高等学校)の教諭となり、終戦を迎えた。1947年(昭和22年)結婚、男児を早死産し半年あまり病床にあった。1949年(昭和24年)大宮市(現さいたま市)に居を移し、埼玉県教育局職員となる。このころ木俣修に入門、のち『形成』創刊に参加、編集等に携わる。1956年(昭和31年)、第一歌集『まぼろしの椅子』を刊行し、以後『不文の掟』『無数の耳』『花溢れゐき』と続く。10年間別居中の夫と協議離婚。1972年(昭和47年)には同居していた妹、佐代子の急死により身寄りのすべてを失い、『雲の地図』を出す。以後『野分の章』、『風水』『印度の果実』『風の曼陀羅』を刊行する。1983年(昭58年)、木俣修の逝去に遭い、『形成』の継続発行に尽力し、10年後解散する。路頭にまよう会員を気遣い、病をおして、1993年(平成5年) 波濤短歌会を結成『波濤』創刊号を発刊するが、その直後の1994年(平成6年)1月5日自宅にて逝去する。享年69歳。遺歌集『光たばねて』が刊行される。

受賞歴
1982年(昭和57年)『風水』により迢空賞受賞。
1992年 (平成 4年)『風の曼陀羅』により日本詩歌文学館賞受賞。11月に紫綬褒章受賞。
1988年(昭和63年) - 埼玉県岩槻市浄国寺境内に歌碑建立。
 「一本の木となりてあれゆさぶ・・・・・・・・・・・・・・・」
を刻む。
2000年(平成12年) - さいたま市氷川の杜文化館の庭内に歌碑建立。
碑歌は
 「かたはらに置く幻の椅子・・・・・・・・・・・・・・・ 」

うたと絵画
「命題は事実の像である。」とは、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の論理の核心であった。「短歌は歌人の実存の像である。」と言える。大西民子の短歌は西洋絵画と深い結びつきがあり、その根源の素材は絵画であった。遺された10冊の歌集の絵画の歌はゴッホ、ルオー、クレー、ムンク、モネの5人に集中し70余首を抄出することができた。大西のこれらの歌はこの5人の画家の創造の苦悩を負った人生を知り、その絵画に対する深い理解と共感によって生み出されている。
大西の幻想的な歌風は当初からこうした絵画に深い関わりがあり、単にその破婚の人生の内面的な葛藤のみから生み出されたものではなかった。
歌集『まぼろしの椅子』の名歌であり、大西の短歌の原点である
 「かたはらにおく幻の椅子・・・・・・・・・・・・・・・」
はゴッホの『ゴーギャンの椅子』がモチーフである。そしてこの絵画との関わりは生涯にわたって続き、『光たばねて』の絶詠の
 「来む世には誰にスカーフ編む・・・・・・・・・・・・・・・」
はモネの『庭のカミーユ・モネと子供』がモチーフとなっている。絵画関連のこれらの歌は、従来大西民子の特異な幻想、いわゆるその実存と思われたもの(10年間の別居の後の破婚とそれによる家系の断絶)によってのみ解釈されてきた。しかし本論の短歌と絵画との照応という解明によって今後より明解な大西民子論、新たな鑑賞論を展開出来ることとなる。

歌集の抄出歌の画家数
大西民子の10冊の歌集の総歌数は4897首である。絵画に関すると思われる歌の抄出は137首だった。抄出歌137首のうち画家の確定したのは106首で、画家は31人だった。断然多いのはゴッホ、クレー、ムンクである。そしてこれらの画家は第一歌集『まぼろしの椅子』から最終歌集『光たばねて』までに分布している。そして次に多いのは、ルオー、モネである。これらの5人の画家で106首中の70首を占める。ほかの画家はほとんど1~3首である。ほぼ5年ごとといわれる歌集順に並べたので画家の取り上げかたの推察が容易である。ゴッホ、クレー、ムンクはほぼ全歌集にわたって取り上げられている。ルオーは前期の歌集に多く、後期にはモネが登場してくる。あまたの高名な歌人の解釈や鑑賞もこの絵画の視点に気づいているものは皆無である。これらの歌には自選、他選の100選に入っている秀歌が数首を占めている。

幻想歌の本質
絵画は言語と並ぶ人間固有の思考表現手段であった。大西はその絵画と出会い、絵画を素材とし対象として、絵画の論理空間に踏み入った。「かたはらにおく幻の椅子・・・・・・・」の「ゴッホの椅子」、「ゴーギャンの椅子」がその端緒となった。間もなくそれが大西の作歌技法の一つとなった。画集に見入り絵画が語るもの、絵画の論理空間に展開されているもの、語りえぬもの、示されているものを直感して繰り返しそこに踏み込んだ。それが大西の絵画のうたであり、幻想と言われる大西民子のうたの本質である。「ゴッホの椅子」を「不在の椅子」と直感し『まぼろしの椅子』を得た大西は、次に『不文の掟』でルオーの「ヴェロニカ」、「阿羅漢」を得てこの詠法をわがものとして開眼した。やがて絵画、画家への関心は西洋近代絵画全般に急速に拡がっていった。『無数の耳』ではムンクの生と愛と死、クレーの多彩な幻想へと画期的な展開を図った。既に述べたゴッホ、ルオー、クレー、ムンク、モネの5人は、大西の人生の節目節目に共感をもって大切に詠み込まれていった。大西の短歌人生は破婚の人生などではなく、短歌と絵画が融合した密かな愉悦の生であった。『印度の果実』から『風の曼陀羅』、『光たばねて』へのゴッホとモネによる展開と収束は見事という他はない。これらの絵画のうたは一歌集当たり約13首、『まぼろしの椅子』から『無数の耳』の28首をピークとして、最終歌集『光たばねて』まで終生読み継がれ、各歌集の秀歌の核心をなしている。




     大西民子の絵画のうた(抄出歌137首 2005.1.5抄出)

1.『まぼろしの椅子』(13首)
     ( 昭和三一年 四月刊、
昭和二四年~昭和三〇年、四八六首)

 ●
1 穂草そよぐ道のかたへに少女ひとり画架たてて白きホテルを描く
 今・●◆
2 陽の昃れば忽ちデュフィの海となりスカートをふくらませてわれも佇つ  デュフィ「カウズのレガッタ」
 ●◆
3 覚めぎはの夢に何言ひしや大きく光る目持てる埃及壁画の女  エジプト壁画「哀愁の寡婦」
 篠・今・大・◎○◇△☆※●◆*▲
4 かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は  ゴッホ「ゴーギャンの椅子」
 *
5 黄のインコ掌にとまらせて佇つ少女ヴェロニカの像をふとわが思ふ  ルオー「ヴェロニカ」
 ◆
6 蘇芳色に何の花か咲ける丘の上にわが訪ひゆかむアトリエが見ゆ
7 翳ばかり見る如き日の続くなり壁の絵をドガの踊り子に替ふ  ドガ「バレー学校・ダンスのレッスン」
8 仏像は信仰よりも美の対象と言へる若き画家をわれは憎みき  奈良興福寺「仏頭」
9 病室のルオーの額もよごれゐて友は気弱くまた来よと言ふ  ルオー
丘のアトリエ(五首)
10 寂しくなれば花など買ひて訪るる友ひとり住む丘のアトリエ
11 風景画の描きさしのある窓の辺に友は疲れてまどろみゐたり
 ●
12 時雨過ぎて木の間滴する夕つ方ゴッホ画集を借りて帰りぬ  ゴッホ画集
 ●
13 褐色の画面にてアネモネの赤き絵の具匂ひゐたるを帰途にし思ふ
 ●
  カルメンのやうな女と言われつつ寂しき性の友と知るなり

2.『不文の掟』(17首)     (昭和三五年十一月刊、
  昭和三一年~三五年前半、四五三首)

 篠・今・大・◎○◇△☆※●◆*▲
14 完きは一つとてなき阿羅漢のわらわらと起ちあがる夜無きや  ルオー「プロ夫婦」
15 一角より崩しゆくほかなき仕事画家に会ふべく足袋を履き替ふ
 篠・大・◎○◇☆※●◆*▲
16 夢のなかといへども髪をふりみだし人を追ひゐきながく忘れず  ルオー「酔いどれ女」
 ●
17 日傘もつ手も左手も汗ばみて連れ歩く子の無きこと淡し   モネ「散歩・日傘をさす女性」
18 停年近き君が絵を習ひ始めたりポンカンを描くと聞けばゑましさ
19 草の穂のそよぐ河原明るくて児らはとりまく教師の画架を
 △●◆*
20 うしろ向きの人のみ歩むユトリロの絵と見ゐて不意に心陥る  ユトリロ「モンマルトル」
 □●◆
21 太幹に矢じるし白く彫られゐていざなふ暗き林の奥へ  クレー「R荘」
22 描きさしの自画像裂きてある見ればやすらかなりし死と思ひ得ず
 篠・大・◎○●◆*▲
23 はばたきて降り来しは壁のモザイクの鳩なりしかば愕きて醒む  ローマのモザイク「鳩」
24 おのづから草ある方へ移ろふと絵のなかの羊の群れを追ひゆく  ミレー「羊飼いの少女」
25 如何ならむ日にか描きしボンネットの少女像遺作のなかに混れり
 △●◆*
26 かたちなくわれのゆくてを阻むもの羅刹の貌をして現れよ  ルオー「X氏」
27 遺作の自画像かかるアトリエに今日はたれかゐてあかりを点す  旧ムンク家であった「ムンク記念館」の居室の写真
28 落ち葉の上に置きて戻りつ光りゐて遺品のごときパレットナイフ
 篠・●◆
29 踏みはづす夢ばかり見て来しわれか霧のなかより縄 梯子垂る   クレー「綱渡り芸人」
 ●◆▲
30 鉢の外に魚のはみ出しゐる童画はみ出て赤き尾鰭がそよぐ  ミロ「赤い太陽」

3.『無数の耳』(28首)
(昭和四一年 七月刊、
昭和三五年後半~四〇年まで、 六〇〇首)

31 如何ならむ薬種か入れしわが夜々の語彙溜めて古代西域の壺
◎※●◆*
32 遠近の正しき絵にて動き得ぬ人間も牛の群れも苦しき  (自解) 岡鹿之助「雪の牧場」
33 銅鑼にぶく鳴らし出でゆく船があり醒めて白夜のごときしづもり  ムンク「海辺のインゲル」
34 頸の線なだらかに胸へほどけゐしルノアールの少女をりふしに恋ふ   ルノアール「眠る裸婦」
 ●◆
35 立体を取り戻しゆく夜の心くるめくやうなワルツを弾きて
 ※●◆▲
36 みづからの呼び醒ましたる潮ざゐにゆれ出す壁画の中の破船も  ターナー「海の葬儀」
 ●◆
37 額縁の中の坂道をりをりにわが呼びよせし人を歩ます  ユトリロ「コタン小路」

38 音もなく迫る水深器を感じゐて沼底にゐしわれは目を明く  クレー「鷲のいる」
 ●◆
39 風の夜の影歪む中一本の裸木が張れる神経の枝  ゴッホ「星月夜」
 ●◆
40 乾し草をサイロに貯めて待つほどの充足もなく冬は来向ふ  岡鹿之助「雪」
 ●
41 絵の中の運河に映る月を消し橋を消しつつ眠るほかなき  ムンク「サンクレーの夜」
 篠・●*
42 うらがへりまた裏返る海月のむれ藻となりてわれの漂ひゆけば  クレー「赤のフーガ」
 大・○●◆▲
43 骨格のどこかゆがむと見て来し絵かの馬などが夜々に殖えゆく
44 胸板の厚き奴隷も息絶えて画廊出づれば夜の人通り  ムンク「クレオパトラと奴隷」と「マラーの死」
 ●
45 桟橋の先までゆきて帰り来ぬかの夜の雪か肩にはららぐ  ムンク「メランコリー(黄色いボート)」
 ●
46 馬鈴薯を食ぶる家族を描きしゴッホ笑ひころげて行く少女たち  ゴッホ「馬鈴薯を食べる人たち」
 ●
47 飾り窓に残れる銀の十字架を見届けて夜の慰め淡し  ムンク「サンクレーの夜」
 篠・*
48 遊牧の男の一人わが夜々の夢に入り来て汗を匂はす  ムンク「葡萄酒のある自画像」
 ◎●◆*
49 わが家の前を過ぎつつうらがなし家の中にて小鳥が歌ふ  クレー「囀り機械」
50 賑はへるひととき過ぎて跳ね橋はうすくまたたく灯をつらねたり  ゴッホ「ローヌ川の星月夜」
51 唇の厚き女としてゑがく画家をうとめる思ひの去らず  ゴーギャン「かぐわしき大地」
 ◆
52 吊るされてゐるはわが身と思ふまで画面に垂るる白き足裏  ゴーギャン「黄色いキリスト」
 ※
53 首垂れて洗はれてゐる仔馬あり何に寂しきわれの心か  ドガ「バレー泉の中のフィオクル嬢」
 ●◆
54 涙噴くばかりに翳るゆふべあり壁に貼りおくルオーのピエロ  ルオー「ピエロ」
 ●◆
55 絨毯にペルシャの壺の織られゐて人は踏みゆくそのふくらみを  マティス「装飾的人体」
 篠・●◆
56 みづからを錘となして沈みゆく夜々に藻草のまつはりやまず  クレー「人形芝居」
 ●
57 日覆ひをはづせし書庫の明るさに花束を持つドガの踊り子  ドガ「花束を持った踊り子」
58 森の絵を見せられし遠き日を思ひ遺作展の記事切り抜きておく  ムンク「お伽の森の子どもたち」

4.『花溢れゐき』(15首)
(昭和四六年 六月刊、 
   昭和四一年~四五年、 六二六首)

59 草むらに置き去られたる画架の前さむざむと誰のまぼろしか立つ  ゴッホの幻影
 真・大・○△●◆*▲
60 藻の花のゆらぐと見ればいつの日も創持つ魚の遅れて泳ぐ  クレー「世捨て人の庵」
61 見えぬ敵とはりあへるごとき日のゆふべ展覧会の切符来てゐる
62 複製のモナ・リザ仰ぎつつ待ちていかなる人に会ふわれならむ
 ●◆*
63 仰ぎ見るステンドグラスいつの日もうなだれて使徒の幾人歩む  ルオー「受難のシリーズ」
 ●
64 緋の魚のむらがりて来る夢なりき目ざめし闇に水の音する   クレー「魚の魔術師」
65 抽象の強きかたちに描かれし花ら眠りのなかに漂ふ  クレー「薄明かりの花」
66 医師の手にゴムの歯型を残し来てまぎれもあらぬ夜のわが顔  ロートレック「手術するアン博士」
 □●
67 壁面の不意に近づき目の高さまるき額縁ありて揺れたり  ルオー「キリストの洗礼」
68 執拗に片目盲ひし農婦など描きゐたりしそれより訪はず
 ※●◆*
69 ふり向けばいつの間に来て草むらに音もなくゐるシャガールの牛  シャガール「私と村」
 真・大・○◇☆●◆*▲
70 ひとすぢの光の縄のわれを巻きまたゆるやかに戻りてゆけり  クリムト「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像Ⅰ」
 *
71 ちりぢりに睡蓮の葉の浮ける見え乗せたるごとく白の花咲く  モネ「睡蓮」
 ●◆
72 トランプの一枚を今抜かしめよグラスの水のかすか泡だつ  セザンヌ「トランプをする男たち」
73 数知れぬ抛物線を夜の空にゑがきて海のいづこへ届く  ムンク「不安」「叫び」

5.『雲の地図』(10首)
       (昭和五〇年 四月刊、
    昭和四六年~四九年、   六二七首)

 ●
74 人はみな円筒形をなして立つ赤信号に堰かれゐるとき
 ※●
75 決して目を閉じてはならず線描のマーガレットは萎れてしまふ  クレー「セネキオ] (「野菊」別名「さわぎく」)
76 死にたるはいつでも若くキャンバスをかかへて来るに幾たびか会ふ  「ユトリロのモンマルトルでの逸話」
77 ゆられつつまどろめる間に横顔のマダム・マルセルまた見失ふ  ロートレック「シルベリックでボレロを踊るマルセル・ランデール」
78 真みどりのクレパスをもてぎざぎざの葉を逞しくたんぽぽは描け  ゴッホ「公園の若草」別名「たんぽぽの咲く野原と木の幹」

79 モデルなどのありて描きしやルオーの絵の小人は前の歯が欠けてゐる  ルオー「倭人」
 真・大・◎○◇☆●*▲
80 もし馬となりゐるならばたてがみを風になびけて疾く帰り来よ  ムンク「疾走する馬」
81 絵のなかの木の葉一枚そよぎをり臨終にわれはたれの声聞く  クレー「死と焔」
 ●
82 新しき黒もて黒を塗りつぶす分厚くわれの壁となるまで   ドーミエ「カンヴァス前の画家」
83 銃口のいづこと知れず真つ白のあひるを死なしむアニメーションは  ムンク「招かざる客たち」

6.『野分の章』(5首)
(昭和五三年十一月刊、
  昭和五〇年~五三年前半、 四八八首)

84 自画像も未完のままに遺されてモナ・リザにいたく似る人なり し
 ●▲
85 帰り来て帽子をぬげば絵に見たる原人もわれの顔もかはらぬ  ゴーギャン「マンゴーを持つ女」
86 原色のままの黄いろを画布にのせ向日葵を描かむ夏は来向ふ  ゴッホ「ひまわり」
87 あるまじきものと思へど絵のなかに空いろの大き果実が坐る  クレー「青い果実」
88 棘を持つ葉がいきり立ち肉眼に何も見えない絵の前にゐつ  クレー「ルツェルン近郊の公園」
(四トン車に詰めて預け来し書物あり如何にか積まむ新しき家 に)

7.『風水』(13首)
   (昭和六一年 八月刊、
昭和五三年後半~五六年、六二四首)

89 パンの顔を丸く陽気に描きたりピカソもいまだ若かりしかば   ピカソ「教養文庫の「ピカソー芸術の秘密ー」の表紙絵」
90 暗黒の空にありたる断片の虹も消えたり画廊出づれば  ムンク「不安」
91 見下ろしに描ける村の全景に望楼ありて一人昇れる
92 美しき手を持つ少女仰ぎ見て白のベレーをかぶれるも見つ  ムンク「橋の上の少女たち」
93 責められて正すべき身に何あらむ首のない絵に人の集まる  シャガール「ロシアとロバとその他のものたちへ」
 真・◇※*
94 一本の木となりてあれゆさぶりて過ぎにしものを風と呼ぶべく  ゴッホ「糸杉」
 *
95 両手もてふさぎし耳にひとしきり遠き故郷の吹雪の声す  ムンク「叫び」
96 外套に頸をうづめて人波にまぎれゆきたる咎びともゐむ  ムンク「家路につく労働者たち」と「殺人者」
97 隠し絵の女の顔に見覚えのありてやさしく春の夜をゐる
98 帆船のかたちの黒き影となり光の海を渡りてゆきぬ
 ◎
99 つぎ目よりステンドグラスは割るるならむ思ひてをれば何か慰む  (自解)ルオー「受難(ステンドグラス)」
100 まをとめの像と思ふにあらはなる鎖骨のあたりひえびえと立つ  ムンク「思春期」
大・◎○☆*
101 自画像の頬をこの夜もそぎゐつつ極道と呼ぶ生き方に似む  ゴッホ「自画像」

8.『印度の果実』(12首)
       (昭和六一年 六月刊、
昭和五七年~五九年、二七四首)

102 うづ高く積まれし落ち葉おのづから息吐くごとしどこか崩れて   モネ「積藁」
103 乱るるはわがこころかと思ふまで収穫終へしキャベツの畑   ムンク「キャベツ畑の男」
104 窓にさす陽をカーテンにやはらげて何かつりあふ思ひにゐたり   ムンク「春」
105 霧のなかに斜塔のごとき見えながら眠りゆきたり点滴終へて  モネ「ルーアン大聖堂」
 ○◇☆*
106 トランプのうらなひをして夜にをれば隣の部屋はくらやみの箱  セザンヌ「トランプをする男たち」
大・○*
107 青銅の像を見をれば胸板のつめたかりにし夜々を忘れず  ムンク「リンデ博士邸の庭の「ロダンの考える人」
108 回しつつ歩む日傘のレースよりこぼれてやまず木々のみどりは  モネ「散歩・日傘をさす女」

109 スカーフの風によぢれてどこまでもつきて来るもの影のみならぬ  モネ「散歩・日傘をさす女」
 △
110 惑はしの言葉のごとく大津絵にほつつり赤し椿の花は
111 壁の絵の思はぬ隅に眼あり見られてあらむ幾つもの目に  クレー「いくつもの絵のある一枚の絵」別名「古絵文書」
112 棒立ちになりし白馬をゑがきたり馬の恐怖のよみがへるまで
113 ランタンを突き出して何を見たりしや絵のなかの女はただにみ ひらく

9.『風の曼陀羅』(10首)
     (平成 三年十一月刊、
昭和六〇年~平成元年、四五八首)

114 ひとりゐはめぐり冷えゐる日の多し絵巻の雲の不意にひろがる
115 幅広き一枚となりて立ちあがる波見てあればとめどもあらず  クールベ「波」
(思ひ立つはいつも夜にて五年前の雑誌はいづこに潜みてあらむ) 
116 混み合へる待合室の片隅に包帯を巻けるゴッホもゐたり  ゴッホ「包帯をした自画像」
117 飛び出して来む勢ひにばらばらと鴉は舞へり版画の空を  ゴッホ「カラスのいる麦畑」
118 欄干のつめたかりしを思ひ出づ鉄の匂ひが手に残りゐて  ムンク「絶望」
119 口少しあけて振り向く顔一つ絵巻のなかにありてあざむく  菱川師宣「見返美人図」
120 シャガールのリトグラフには花が咲き馬がゐて鳥がゐて人もゐたりす  シャガール「檻とマドンナ」
121 ありのままをゑがかうとせぬ児なりしがいづち行きけむわが金魚らは  クレー「人形芝居」
122 初夢はせめて明るく大津絵の藤娘など出でて舞はずや
123 何ほどの予知能力を持つ鳥か病みゐて鴉を怖れし日あり  ゴッホ「カラスのいる麦畑」

10.『光たばねて』(14首)
(平成十年 三月刊、
 平成三年 五月~平成六年 二月、二六一首)

124 朝々に格言を読みて如何にせむ雪の舞ふ絵の暦を吊りぬ
125 煩悩の一つのごとし吊るされし塩鮭の絵を目が覚えゐて  高橋由一「鮭」
126 思ふさまあばれてゐたる旗すすき一幅の絵に戻りてそよぐ
127 をみなゆゑ天人もみごもる日のありと聞きて壁画の前を離れぬ  正倉院「鳥毛立女屏風」
128 ぼかしたる絵がこのごろは多しとぞ嗅げばアネモネは生臭き花
129 桃山のころの雲よと屏風絵を見をれば銀の箔がまたたく  長谷川等伯「松林屏風」
130 かそかなる収入のありて片栗の花をゑがかむ絵の具買ふとぞ
131 コンピューターに笑はされたるモナ・リザはもう亡きわれの妹に似ず  デュシャン「ひげのモナ・リザ」
132 かなたまで麦は熟れたり蒔く人も刈る人もいまだこの世にをりて  ゴッホ「刈る人のいる麦畑」
133 右側の少女もパラソルひらきたりパラソル二つ別れて行けり  モネ「散歩・日傘をさす女」
134 穂先もてやさしく描かむ合歓の花白の絵の具を少し絞りて  ゴッホ「花咲く巴旦杏の枝」
135 ヴィーナスを囲むサークル賑はふにダヴィデの首をわれは描きゐし
136 ローランサン見む約束に木枯らしのなかを行くらむ特急「あずさ」  ローランサン展
137 来む世には誰にスカーフ編むらむかこの世に見にし人も忘るる  モネ「カミーユ・モネと子供」


◎(8首)『大西民子集 自解100歌選』   (昭和六一年 四月)
○(11〃)『現代短歌 雁』 自選 一〇〇首  (平成 元年十一月)
◇(7〃)『現代の短歌』  自選  八〇首  (平成 三年 六月)
☆(7〃)『大西民子の歌 百首鑑賞』沢口芙美(平成 四年 十月)
□(3〃)『小池光 大西民子百首選』『短歌』(平成 六年 四月)
△(7〃)『馬場あき子大西民子百首選』『歌壇』(平成 六年五月)
※(7〃)『青みさす雪のあけぼの百首選』沖ななも(平成七年十月)
●(46〃)『大西民子歌集 短歌研究文庫』所収歌(昭和五四年七月)
◆(30〃)『石の船』 所収歌 (昭和五四年 十月)
*(25〃)『波濤大西民子追悼号五百首選』所収歌(平成七年 一月)
▲(11〃)『海の記憶』 所収歌 (昭和五六年 七月)

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